基礎練習は好きですか?

私は学生時代、運動部でした。

基本、まじめな性格なので、単調でキツイ基礎練習であっても黙々とこなしていました。

 

ただ、いま振り返ってみて、予定されたプログラムを「途中で投げ出さない」という自分への厳しさと忍耐で乗り切っていたのかなと思います。それによって苦しい状況でも「やり抜く」という根性は鍛えられたのではないかと思います。笑

 

「厳しい状況に粘り強く対処し、困難を乗り越えていく」というチカラは、もちろん長い人生を生きていく上で必要不可欠なものではありますが、それだけで当のスポーツが上手くできたり、楽しくできるという訳でもありませんよね。

 

「粘り強さ」は必要だけれども、それだけでは何か不足しています。

 

 

いったい何が足りないのでしょう?

 

 

いまの私だったら、こう考えます。

 

原点に、そのモノゴトに対する「好奇心」。次に、何かしらのアクションから得る小さな「達成感楽しい感覚」。そこから、もっと上手くできるようになりたいという「向上心探求心」が芽生え、自分の不安定な現在力を安定したものにしようとする「自発的行動意欲」がわいてくる。その行動が、新たな達成感楽しい感覚」を生み、ハマっていくことで「情熱」の火が灯り、自走するポジティブ・スパイラルが巻き起こる。

 

そんな心理の変容過程のなかで、「自発的行動意欲」のところに「基礎練習」がハマってくると、「基礎練習」もとても実りあるものになるんでしょうね。

 

 

「基礎練習」は、何もスポーツだけでなく、文科系の活動や仕事に関する基礎知識・技能といったことにも当てはまります。

 

私の仕事面での「基礎練習」は「本を読むこと」。これは「知識の筋トレ」みたいなものかもしれません。広告の仕事にしても、カウンセリングの仕事にしても、根っこにその分野への好奇心があり、その知識が徐々に増えることで、自分の足元から遠くに行ける地図がどんどん広がっていきます。それを実践によるフィードバックで確かなものにしていくことで、自分への自信とお客様の「よかった」を積み重ねていきます。

 

もちろん、最初から一気に遠くへ行くことはできませんから、「道のつながり」を意識しながら一歩、一歩進んでいきます。そのコツコツさが、なんとも「基礎練習」らしいですよね。笑

 

 

「好奇心」が充分育っていないところで与えられただけの「基礎練習」は、どうも「修行」になりがち。

 

みなさんは、今どんな「基礎練習」をやっていますか?