今この瞬間に何ができるか?

最新の脳科学の研究によれば、人の脳は出来事への「反応」というより、終始「予測」に注力しているそうだ。

 

どちらも「生存するために・・・」ということで発揮されるメカニズムではあるけれど、「反応」はモノゴトが起こってからの受動的なシステムであるのに対して、「予測」は「これから起こるかもしれないこと」に考えを巡らせ、その対応を「シミュレーション」する能動的な活動だ。

 

「予測」では何パターンもシミュレーションして、その中からもっとふさわしいと思われるものが選ばれ「行動」となって表れる。その結果が上手くいけば、同じような状況の時にその対応の仕方がより選ばれるようになるし、上手くいかなければダメだった方法として「予測」に対してフィードバックとして働く。

 

当然、上手くいかないと「予測」の修正が発生するのでエネルギーを消耗する。気持ちで言い換えれば「自己嫌悪」。

 

どおりで我々は、過去の失敗をあれこれ思い悩んだり、未来の出来事の結果をあれこれ心配して、何にも行動していないうちから疲れてしまうわけだ。考えすぎはやっぱり身体によくない。

 

 

そうして過去の経験を活かして、未来の予測を立てながら、痛い思いもしつつ自分なりに上手く生き残るための生き方を磨き上げていく訳だけれど、その精度が高まることにも良し悪しがある。

 

我々は同じ環境で暮らし続ける訳ではないからだ。

 

ずっと同じ環境で暮らしていければ、その磨き上げられた方策が上手くハマってラクに生きていくことができるけれど、人生には大きく転換する局面が何度か訪れる。また、自分が変わらなくても周囲はどんどん変わってしまう。まさに、諸行無常。この世には固定的なものは何ひとつないのだなあとつくづく思う。たとえば環境が大きく変わるのは・・・

 

学校を出て社会人となるとき。

 

異動でこれまでとまったく畑違いの業務に就くとき。

 

新しい上司や新しい取引先担当が着任したとき。

 

家族の事情で引っ越しをするとき。

 

 

自分の意思とは関係なく、未知の環境に出て行かざるを得ないときは何かしらある。

 

未知の環境では、これまで自分が身につけてきた「生き残りの術」が上手く機能するとは限らない。

むしろ、染みついたやり方に固執することで、自分を危機に追いやってしまうこともある。

 

新しい環境になじもうとするとき脳はフル稼働する。そうしていろいろと考えてはトライ&エラーで実行して、脳の配線を書き換えていく。なかなかにしんどい。

 

だから、もしも考えすぎて疲れてしまったなら、ここはひとつ目の前のことに集中することからの立て直しをお勧めする。

 

 

今この瞬間に何ができるか?

 

 

「できたらいいだろうこと」と「出来ない自分」とのギャップで頭を悩ますより、その時自分ができることを誠実に実行していく。

 

自力で解決するばかりでなく「人に聴く」「人に手伝ってもらう」ということだって、その時できる重要なアクション。考えてばかりで何も行動しないうちにエネルギーを消耗させるのに比べれば大きな前進で、身体にとってもやさしい。

 

「できること」を大きく考えすぎずに、一歩だけ前に進めば、それで充分大仕事。

 

過去に囚われず、未来を憂えることなく、「今この瞬間できること」にフォーカスしてみませんか?